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「批判」と「嫌がらせ」

「行動を誤ってはいけない」ということであろう。

先日、脱線事故を起こしたJR西日本に対し、最近「嫌がらせ」と思える出来事が多発しているみたいである。乗務員や駅員に対する暴力、運転席の窓に事故記事が乗った新聞を掲げる、さらには線路への置き石や自転車の放置、という何のためにしているのか分からない事件が多発しているということだ。

確かに事故を起こしたJR西日本の責任は大きい。被害者や関係者への償いも当然のことだし、その企業体質は日々ニュースで報じられており(最近は若干『アラ探し』している様にも思えるが)、批判が集まるのはある程度は当然、とも思う。

しかし、それが乗務員を罵ったり蹴ったり、線路に置き石等をしたりしても良い、ということには当然ならない。特に置き石などすれば、新たな脱線事故を起こす可能性もあり、何の「批判」にもならないのは明白だ。もちろん「愉快犯」も考えられるだろうが、どういう動機にしろ置き石や自転車放置は陰湿極まり無い。はっきり言って犯罪である。こんな事を聞くと、私はJRに乗るのが恐ろしくなる。

問題となっているのは「企業の体質」であり、個々の従業員一人ひとりが全て悪い人ではないと思う。乗務員に対しても「会社」への意見を(常識的に)するのは構わないと思うが、ただ罵声を浴びせたり、ましてや暴力でしか怒りを示せないのは、やはり「キレる現代人」の特徴なのだろうか。

こういう「便乗犯」や「愉快犯」は何か事件が起こると必ず「出現」する。騒ぎに乗じて、またドサクサに紛れて犯行に及ぶのであろうが、なんとも情けないと思う。乗務員に殴り掛かって、事故が無かったように戻る訳でも無いし、企業体質が改善するはずもない。もし置き石などして、電車がまた脱線するようなことがあれば、置いた人は楽しいのだろうか。また悲劇が繰り返されることになるであろう。私にとっては「異常」としか思えない。もっと違ったことに頭を使った方が良いと思う。

JR西日本は事故を起こした以上、言い訳はできない。被害者やその関係者が納得するまで、真摯な対応が必要と思う。ただ、その「世間の怒り」に便乗した、訳のわからない事件が多発する今の状況は、やはり日本が「平和」な証拠なのだろうか、とも思う。「批判」と「嫌がらせ」は、全く違うものなのである。もうすこし「大人」になるべきではなかろうか。

これ以上、日本人がおかしな方向に向かわない事を願う。

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