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「自分が、自分が」

そんなにがっつくのは「何故?」と思ってしまう。

@ITで、「正しい行いは将来を変える」という、野村隆氏(eLeader主催)の記事を読んだ。「日々の生活の中でちょっとした善いことをすると、それが自分に返ってくる」というお話である。たとえば記事に書いてある「車で右折を譲るとき」、「エレベータで『開』ボタンを押して先に他の人を降ろすとき」等、ちょっと「善いこと」をしてあげることは、実は私は結構ある。片道1車線で右折レーンが無い場合など、右折車の後ろに車が渋滞しているような状態では、交差点手前で止まってパッシングをして相手に知らせてあげる。たいていの人は手を挙げてお礼の気持ちを示してくれる。

エレベータの場合も、会社や量販店などの公共の場でエレベータに乗ったときに、たまたまボタンの前に立ったときは、ほとんど必ず「開」「閉」ボタンを押して、乗り降りがスムーズに行くように心がける。会社の人などは知っているひとばかりなので、たいていの人は「ありがとう」「すみません」という言葉をかけてくれる。お店などでも「どうぞ」と声をかけると、だいたいの人はお礼の言葉を返してくれ、そして降りて行く。

しかし、最近はそんな「善意に対するお礼」が言えない人は、確実に増えていると感じる。右折を譲っても、エレベータで譲っても、礼のひとつも無しに行ってしまう人は多い。私が男性の目から見ているからかも知れないが、特に女性に多いような気がする。確かに「他人と関わりたくない」という意識は人間は少なからず持っているのかも知れない。しかし、人に譲ってもらったり、善意に対して「無反応」で過ぎていくのは、少し悲しくなってしまう。交差点で道を譲っても、こちらに一瞥もくれずに行ってしまう。エレベータなどでは、目的の階止まりそうになるや否や、我先にとばかりドアの方に詰め、開くと同時に降りていってしまう。いやはや、そんな人たちは親などに「人との接し方」を教えてもらっていないのであろうか。

少し前に、こんなことがあった。連れ合いと量販店で品物を手に取りながら選んでいた時に、小学生くらいの子供の姉妹が、いきなり私たちの前に割り込んで、「ねぇねぇ、これイイよ」等と話し始めた。私たちは、子供たちの露骨な割り込みに、不快感を隠せかなったが、その子供の母親と祖母と思われる女性が横に立っていたが、何も言う様子が無い、私たちが仕方なく売り場から離れると、その大人ふたりは売り場の前を「占領」し、何事も無かったかのように商品を見ていた。そのとき私は、「親も、その親も何も教えていないんだな」と思った。

確かに他人に関わらなくても、なに不自由なく生活できる。企業も成果主義を導入し、「オレがオレが」言ってないとやっていけない社会にもなっている。しかし、「人のありがたみを知る」ということを親は子供に教えていかなくてはならないのではないだろうか。

・・・自分もしっかりしないと、と思う今日このごろである。

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