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郵便の意義

堀江貴文氏がブログで「郵便はもう必要ないかも。」というエントリを書いていた。

確かにインターネットがここまで広がり、Webやメールがあれば個人間の連絡には困らない時代である。確かに私たちの世代を含む「ネットが使える」人にとっては、公的なものとか生きていくために必要なサービスが全てネットで済む時代が来るのであれば、郵便はもしかしたら必要ないのかも知れない。まぁ、しかしネット使えないお年寄りとか、いろんな事情で自宅にネットを引けない/引いてない人も、現時点ではたくさんいると思うし、私の周りでもいるので、国が補助でも出して全世帯にPC置いてネット引くことをしない限りムリ、と考えるとまだまだ不可能なのは明白。

現実の郵便に目を向けると、公的な手紙とか、必要なものは存在するので、自動でフィルタリングできない郵便は厄介なのは確かである。DMなんかはたとえばお店で買い物した際にポイントカード等の会員登録するだけで送られてくるようになるので、DMが不要ならその旨伝えるかむやみに登録しない、ということしかない。日本郵便にも責任があるだろうから、依頼された郵便は届けなくてはいけないし、それを「不要なものは届けません」というサービスをするには、送付元の理解も考えなくてはいけないと思うので、いくら民営化されたとはいえ現実は不可能なのかなと思ってしまう。

エントリのコメントでも多いように「手紙の温かさ」というのはあるが、最近「Twitterの温かさ」に触れたこともあり、同様のことはネット上でも体験できる。まぁTwitterは実名を晒している人が多く(Twitterもそれを推奨している)、むやみに悪いことを言う人が現状まだ少ないということでもあると思うが・・・。今後どんどんネットする人が増えてきて、一般社会で当たり前の世界になれば、それはそれで変わってくるかも知れないけど。

まぁ毎年もらう年賀状が楽しみでもあるので、郵便事業は無くなってほしくない(^^;

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